【新会長・新社長対談】創業者が社長を託した決断の理由 〜フラーにとって最高の意思決定とは?〜
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【新会長・新社長対談】創業者が社長を託した決断の理由 〜フラーにとって最高の意思決定とは?〜

フラーは、2020年9月30日をもって、創業者の渋谷からCDO・COOを歴任した山﨑へ、代表取締役社長を交代いたします。
また、それに伴い、渋谷は新たに代表取締役会長に就任いたします。

そこで今回は、新社長と新会長の二人に、「今、どうして社長を交代するのか」「これからフラーはどうなっていくのか」などを聞いてみました。

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渋谷 修太:フラー株式会社 代表取締役会長
1988年生。新潟県出身。国立長岡工業高等専門学校卒業後、筑波大学へ編入学。グリー株式会社にてソーシャルゲーム最盛期にマーケティング事業に従事した後、 2011年11月フラー株式会社を創業、代表取締役に就任。2016年には、世界有数の経済誌であるForbesにより30歳未満の重要人物「30アンダー30」に選出される。2020年3月、新潟ベンチャー協会代表理事に選任。 ユメは世界一ヒトを惹きつける会社を創ること。

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山﨑 将司:フラー株式会社 代表取締役社長
1988年生。新潟県出身。新潟県立新潟高校、千葉大学工学部デザイン学科卒業。卒業後は、富士通にてBtoBプロジェクトのUIデザイナーを担当し、 国際的なプロダクトデザイン賞であるiF DESIGN AWARDを受賞。2015年3月にフラーに参画し、執行役員CDO(最高デザイン責任者 Chief Design Officer) 、執行役員COO(最高執行責任者 Chief Operating Officer)を経て、2020年9月代表取締役社長に就任。ユメは世界のデザインに対する価値基準の底上げをすること。

創業10年目が目前の今、渋谷新会長から見て、フラーは創業時からどのように成長してきた会社だと思いますか?

渋谷:
臨機応変に生き延びてきた会社だな、と思っています。
最初は本当になにもない中で、アパートや一軒家からスタート。人の集め方にしても、今のちゃんとした"採用"という感じではなく、仲間や知り合いたちが来てくれて始まった形でした。

フラーは、なにをする会社なのかが決まる前に、まずチームから出来上がった組織です。チームが出来てから、「フラーってどういう会社なんだろう?」という問いへの答えを、いろいろなプロダクトを実際に作っていく中で出していきました。

最初はアプリを作る会社でした。そこからApp Apeという法人向けのデータ分析をする道に行って、さらにwebサイトをアプリに自動変換するJorenというサービスも出して、そして共創事業という名前でまたアプリを作る道に戻ってきて……。

ベンチャー用語で言えばピボットですが、一般的スタートアップのピボットというよりは、本当に『試行錯誤』。生き残っていくための。

そんな中で、大きいことだなと感じているのは、10人くらいまでの創業期のメンバーがほとんど、いまだにずっとフラーで働き続けてくれていること。山﨑もそのうちの一人ですね。
彼らは、10年という年月を生き残っていくために、ずっと試行錯誤をやり続けてくれたメンバーたちです。
その試行錯誤が、やがて自分たちのアイデンティティや事業、業績というものを作っていき、それが今の100人規模となったフラーまで続いてくれた。

この10年は、そんなフェーズだったのかなと思っています。

唯一ずっと変えなかったのは、スマホが事業の中心ということだけですね。それ以外は結構変えてきました。

山﨑:
相当変えてきたと思います。

僕は、渋谷の言葉の中では「変化しないことは死だ」というものがすごく印象に残っています。フラーはそれを体現する会社。

渋谷:
言ってた、そればっかり言ってた(笑)

特に創業から5年くらいは確固たるものがなかったので、「これだ!」というものに至るまで、事業や組織の体制を含めたすべての打ち手を変化させ続けていくしかなかった。

それが、だんだんと事業と組織が出来上がっていく中で、毎月のように変化させていたものの内のいくつかは、じゃあ三ヶ月に一回にしてみようかとか、一年に一回にしてみようかとか、変化の周期にグラデーションをつけるようになりました。

そのグラデーションの中で、自分は変化が速いものを担当してきました。性格的にもそれが合っていたなと思っていますし、自分の良さだとも思います。

一方で、山﨑は速い変化もゆっくりな変化も、両方バランスよくできる人です。
スタートアップでも大企業でも働いていたからなのかな? 状況に合わせてどんな速さの変化もうまくやってくれていて、とても心強いなあと感じています。

山﨑:
ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいですね(笑)

フラーに入ってくれる人は、最近は特に、大企業出身者もスタートアップ出身者も両方いるような状況です。そんな中で、どちらの出身の人の気持ちも実感としてわかるというのは、自分でも大きいことだなと思っています。

渋谷:
片方だけわかる、という人はよくいるけど、両方はなかなかいないですからね。
……なるほどな〜。この話をしていて、山﨑の良さについて、今改めて「なるほど」と思いました(笑)

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山﨑新社長から見て、今のフラーはどんな会社だと思いますか?

山﨑:
変化をし続けている会社、だと思っています。最近は特に、大きく変化しているなとも感じています。
今いるメンバーだけでなく、まだ入ってそんなに時間が経っていないメンバーからも、「この数ヶ月の間、会社が変わり続けている」という言葉を聞くくらいです。

具体的にどう変わったかというと、まず事業規模の大きなお客さまが増えました。そして、それに伴って重くなった責任に対し、適切に振る舞えるようになったなと思います。

フラーは、周囲からとても大きな期待をいただいている会社です。
ですので、自分としては引き続き、外からの評価に釣り合うように、中をきちんと引き締めていきたいと思っています。
「外から見たフラーと、中から見えるフラーが、しっかり同じものであるように」というのは、維持し続けていきたいです。

フラーは、いろいろな企業や行政の方々に、本当に大きく期待をしていただいています。
それは、これまで渋谷が重要なポジションに就かれている社外のさまざまな方々と、渉外活動として積極的に交流をしてきてくれたおかげでもあります。

もちろんその分、社長を引き継ぐ上で自分にかかるプレッシャーも相応に重く感じてはいるのですが、期待に応えられるよう、がんばっていきたいです。

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渋谷新会長はこれまで、山﨑新社長にCDO、COO、そして今回の代表取締役社長と、次々に重要なポストを指名しています。これはどうしてですか?

渋谷:
現実的な話をすると、やっぱり一つは実績。もともと重要なことをいろいろやってもらっていましたし、新規の事業も立ち上げてもらいました。

実績の中では特に、Jorenという共創事業の前身となるサービスを、自分からクローズしてくれたことが大きいです。
クローズしようという意思決定を自ら言えた、言ってくれた人というのは、それまで5,6年会社をやっていた中で、山﨑しかいませんでした。
それがまず一つ。

それから、Jorenのクローズの後、山﨑が事業部長として共創事業部を作っていったときに、どんどん人数が多くなっていってもずっと、ものすごく"フラーらしさ"がある組織として育てていってくれたこと。自分にとって理想の組織の作り方に見えました。

このあたり、山﨑はすごく意識してやってくれていたんだと思います。だから、共創事業部は、月次報告会でのプレゼン一つとってもすごく一体感があった。
そして、そういったものの中に、山﨑本人の想いやパッションを強く感じました。

重要な大きな決定をしてくれたことを含めた数々の実績があり、組織づくりのやり方も魅力的で、そこに想いも込められている……全部繋がっているのですが、これらをずっと、理想的だなあと思っていました。

性格的なところで言っても、大企業とスタートアップ両方経験していてバランスがいいということを先ほど言いましたが、同じように、ポジティブ・ネガティブそれぞれについての意思決定のバランスもいいです。

自分は2,3年前から会社にいるより外を回ることが多く、海外出張に行くこともありました。
そんなとき、飛行機の中で「これが落ちたらどうしよう」と考えながら、自然に、「山﨑に後を任せます」とスマホに遺書を書いていました(笑)
3年くらい前からずっと、自分がいなくなったらこの人にやってもらおうというのは思っていたんです。

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信頼の厚い山﨑新社長ですが、ご自身としては、これまで苦労したなと思うことや、力を入れたと思うことはなんですか?

山﨑:
自分が一番苦労したのは、事業をクローズしたときですね。先ほどから何度か話に出ている、共創事業の前身のJorenというサービスです。

キッパリと撤退する、ということをあまりやってこなかった会社だったので、その分Jorenをクローズさせるときは本当に大変で、「このまま会社まで潰れてしまったら……」なんて思うくらいでした……(笑)

それから、チームをまとめていく上で意識していたのは、自分が入社したときに渋谷に見せてもらったもの——プレゼンのやり方だったり、みんなの鼓舞の仕方だったりを、真似しながら自分のものにしていくことです。

渋谷:
僕と山﨑のやり方、どっちがより優れているというわけではないのですが、でも、自分から見て「進化させてくれているんだな」と思うことはいくつかあります。

まず、やっぱり山﨑はデザイナーなので、プレゼンではまず資料がどれもかっこいい。
それから、山﨑のオリジナリティだなと強く感じたのは、メンバーのモチベーションの上げ方。

自分がもともとやっていたのは、「こう行きたい、だから頼む!」とこちらから鼓舞する形でした。これは、特にそのころはまだ人数が少なかったからということもあります。
対して山﨑は、なるべくその場のメンバー一人ひとりに話を振って、全員を登場させようという形をとっています。

あのスタイルで一人ひとりのキャラや個性を引き出すマネジメントは、自分はやっていなかった。
ああいう風にすると、トップダウンの決定だけではない、みんなの意見が出てくる組織になります。すごいなあと思って見ていたし、感動しましたね。

どんどん人数が増えてきている今は、なかなか全員にちゃんと話を振るのは大変そうなんですが、それでもできる限りで続けようとしているように見えます。

山﨑:
嬉しいですね(笑) そこは本当に、自分はかなり気をつけているところなので、そうやってわかってもらえているのはとても嬉しいです。

渋谷:
ファンなので……(笑)

山﨑:
そんなことを言ったら、自分も渋谷のファンです。渋谷のファンとして、渋谷のやり方をずっと意識してやってきました。

一方で、自分にしかできないこともやろうと思っており、誰よりもメンバーを理解しようと努め続ける社長でありたいと考えています。そのために、メンバー全員と面談を実施していたり、採用の最終面接は必ず自分が参加し応募者の方と対話していたりします。

会長という役職に就き、社長を託そうと考えたのはどうしてですか?

渋谷:
もともと、会社の中か外かで言ったら、自分は外で仕事をすることがとても得意です。
会社の内部のことを詳細に把握するというのは、自分の強みの活かし方として、ちょっと違うのかなとは思っていました。

一方で、フラーをこれからきれいに成長させていくためには、内部の情報をきちんと汲み取りながら「フラーとしてやるべきことはなにか」という意思決定をする人が、やっぱり大事だよなと、年々思うようになっていました。

そんな中、とあるちょっとしたことを決める際、「この選択肢を選んだのは、フラーにとって良いと思ったからなのか、それとも自分個人が良いと思ったからなのか」と、ふと考えてしまって。
自分は結構、「社会にとって良いこと」「未来にとって良いこと」を考えてしまい、「フラーにとって良いこと」だけを考えるのが苦手になってきているな——そんなことに、改めて気がつきました。

しかし、会社にはもう約100名のメンバーがいて、事業に対する責任もあります。意思決定は適切に行わなければいけません。

たくさんのメンバーがいる中で、「フラーにとって良いこと」をきちんと選んでくれる人は誰なのかなと考えたとき、山﨑が一番だなと思いました。
それで、今年の三月くらいに、やってくれないかと話をしたんです。

山﨑は「渋谷がやらないなら、俺がやるわ!」と言ってくれました。
ありがて〜……! と思いましたね、本人の意志としても「やっていきたい」と考えてくれたことは。

フラーは、どんどんより良い会社になってきています。仕事という面でも、社員の生活のプラットフォームという面でも。
それから、ユーザーの皆さん、株主の皆さん、地域の皆さん……いろいろなステークホルダーがいらっしゃいます。
そんな中で、フラーがこれからもサステナブルに伸びて行くためには、自分だけでは足りないなと感じる部分があり、そこを山﨑がしっかり埋めてくれるだろうなと思いました。

社長の座を降りたのは、中途半端はよくないと考えたからです。
何より内部から見て、「山﨑が意思決定をするんだ」ということがはっきりわかる形でなければ、ワークしないだろうと。
山﨑はいるけど結局は渋谷が決めるんでしょ、と思われてしまってはいけないので。

また、社長を降りて会長になることで、自分自身の得意分野である「想いを伝え、ストーリーにしていく」活動や「フラーのファンを増やす」活動にフォーカスできます。

それから、フラーは単純なビジネスだけでない、複合的な価値を持つプロジェクトも手掛けています。具体的には、長岡花火(※)公式アプリのプロジェクトがまさにそうです。

※長岡花火:新潟県長岡市で開催される長岡まつりの2、3日目に行われる大花火大会で、日本三大花火にも数えられる。

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(写真:一般財団法人 長岡花火財団提供)

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(左上:長岡花火当日の警備本部内の様子。左下:ごみ拾いに参加するフラーメンバー。右上:打ち上げ開始を待つ観覧客の皆さまの様子。右下:警備本部内でアプリを管理している様子。上記4枚の写真は山﨑が撮影)

これは、社会貢献に捉えられそうなプロジェクトなのですが、フラーとしては……なんと言ったらいいんだろう、文化の体現みたいなものだと思っています。
これからは、そういった会社としての社会貢献がすごく大事な時代になってきます。自分はそれがとても得意だと思っているので、会長になることで、その面からフラーの役に立てることがたくさんあるはず。

「フラーにとって良いこと」だけを考えるのが苦手になったとは言いましたが、今回のこの件についてはまちがいなく、フラーにとって一番良い選択をしたんだと自分は思っています。

渋谷新会長から社長就任についての打診を受けたとき、山﨑新社長は率直にどんなことを思いましたか?

山﨑:
「おもしろそう!」というのが、そのときの一番大きな気持ちです。おもしろそう、やってみたい、自分ならできるかもしれない——そう思いました。
社長になるなんて考えてもみなかったけれど、僕は新しいことにチャレンジすることが好きなので、やってみたいなあと。
なので、打診をもらったあの時は、その場で即答しました。

フラーのためには自分が引き受けなければならない、ほかの人に任せるよりも自分が引き受けるのが一番良い、とも思いました。
それは、社内メンバーのことを一番把握できているのは自分だという自負からくる想いです。オフィスが柏の葉と新潟に分かれている会社ですが、自分は両オフィスを頻繁に行き来していて、どちらのメンバーのことも一番わかっているつもりです。

ただ、実際に社長を引き継ごうと渋谷が今までやってきてくれた仕事を改めて一つひとつ調べてみると、まだ自分の理解は足りていなかったんだなと痛感しました。
今まで渋谷は本当に大変な仕事をしてくれていたんだなあと、感謝と尊敬の気持ちです。

これからは、会社の内側のことだけでなく外側のこともきちんと把握した上で、適切な意思決定ができるようになれればなと思っています。

これから、フラーをどのような会社にしていきたいですか?

山﨑:
フラーがユメとして掲げている「世界一、ヒトを惹きつける会社を創る」が、やはりいい理念だと思っているので、これを引き続き目指していきたいです。

またその上で、組織は大きくなるにつれてルールも責任も増え、いわゆる大企業に近づいていくのですが、それでもフラーの良さを失わない、今ある雰囲気や文化を継続できるような会社にしていきたいです。
締めるところは締めなければならないけれど、フラーの良さはなくさないままで。
自分にとってフラーの良さとは、一番は「ヒト」。入ってくれている人が、どのメンバーも接しやすくて、でも個性豊か。一緒に働きたくなる人しかいません。

それから、「世界一、ヒトを惹きつける会社を創る」であるように、「あした、会社に行きたくなるチームであること」を実現し続けていきたいです。これはもともと、共創事業で掲げていた理念のひとつです。

あしたも行きたくなる……この言葉だけ聞くと、幼稚園児とか小学生向けの標語のように思えるかもしれません。でも、これを会社で実現するのはすごく難しいことです。
日曜の夜が嫌な人が一般的には多いのでしょうが、フラーでは、そうならないようにしたいと思っています。

行きたくなる会社であるためには、仕事が楽しくなければいけません。ただ和気藹々としているだけでは楽しくはない。真剣に仕事に取り組んで初めて、仕事は楽しくなります。
どうすればお客さまや、その先にいらっしゃるユーザーの皆さまに価値を届けることができるだろう——そう真剣に考えることが、楽しさにつながると思っています。

先ほど渋谷から長岡花火のプロジェクトについての話がありましたが、あのプロジェクトはまさに、みんなが真剣に取り組んで仕事を楽しみ、その結果、チームも意思疎通がしやすい環境になったという、フラーの良さがすべて詰まったものです。

長岡花火公式アプリのプロジェクトは、フラーがまだ2、30人規模だったころに渋谷が提案してくれて、それを私が引き受けて実現しました。
渋谷は最初に入り口を開けて、可能性を広げることが得意。自分は、その入り口を広げ続け、見えた可能性を実現させることが得意です。
今のところ、その連携が一番うまく機能したのは長岡花火のプロジェクトですが、会社を立ち上げた渋谷から社長を引き継ぐという今回のことでも、同じようにうまくできればと思っています。

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新会長として、これからどんなことにどんな風に取り組んでいきたいですか?

渋谷:
社外の皆さんの思う「フラーってこういう会社だよね」というイメージが、もうすこしで固まりそうというか、共通認識が出来てくれそうだなと感じています。

なので、自分はそういったことに貢献できる分野——直近ではアルビレックス新潟さんのスポンサー就任の件や、新潟ベンチャー協会設立の件など、そのあたりのことにフォーカスしていきたいです。

参考:

今までは、会社の経営とこういった活動をどうバランス取ればいいものか悩んでいたのですが、これからは明確に役割分担ができます。会社の経営のことは、山﨑に安心して任せられます。

自分が外を回ってイメージを作って、それが回り回ってフラーにとって価値のあるものとして戻ってくる。そんな風になればいいなと。

たとえば、アルビレックス新潟さんに関してはできる限り試合を観に行くつもりです。もしアウェーの沖縄戦があれば、現地に行きたい。そうすることで、またなにか新しい繋がりが生まれるかもしれないし、それが将来的にフラーのためになるかもしれない。
そういった可能性を、いろいろ場所で開き続けていきたいです。

適切なロールと配置をすることによって企業を成長させ、サステナブルにする。それが、現代の経営で最も大切なことです。
年功序列で会長になるとか、居座るつもりで会長になるとかではなく、今自分が会長になることがフラーのために最も適切なことだと判断したからこそ、今回の決断をしました。

山﨑:
これは、絶対に渋谷でなければできない意思決定だと思います。
社長って、大変ではあるのですが、手放しづらい立場でもあるはずです。それこそ、自分が立ち上げてここまで大きくなった、とても愛着のある会社であれば尚更。
ここで社長を退くなんて判断は、普通の人にはできないはずです。

それでも、フラーのためを思って自分に社長を引き継いでくれた、そのことがなにより嬉しいし、本当に尊敬を覚えます。
そして、こういう判断をする姿こそが最高に「渋谷らしい」と思います。

渋谷:
そう言ってもらえるのはすごく嬉しいですね。
とにかくお伝えしたいのは、フラーにとって最高の選択をしたのだと自分は確信しています、ということです。

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新社長として、これからどんなことにどんな風に取り組んでいきたいですか?

山﨑:
渋谷が外を回って長期的な視点に立って活動をしてくれるので、自分は社内をよく見て誠実に堅実で、中期的な視点に重きを置いた経営をしていきたいなと思います。

長期的な投資をする上では、まずは目の前の事業もきちんとこなしていかなければいけません。それらが同時にできる会社にしていきたいです。

それから、フラーのことを「必ずいいものを作ってくれる会社」だと認識してもらえるように、会社の規模が大きくなってもこれまで通り、フラーから出ていくプロダクトの品質管理はしっかりやっていきたいですね。

そして、コミュニケーションについて。
相手に失礼な態度を取らない、向こうの立場に立って物事を考える、お互いを尊重して仕事をする——これからどんどん人が増えていっても、そういったことを守り続ける会社でいられるよう、これらの基本をみんなの中に文化として根付かせていけたらと考えています。

今回の渋谷の意思決定が正しかったんだと証明するためにも、社長として、フラーが長く続く会社になるよう、がんばっていきます。
皆さまどうか、これからもフラーをよろしくお願いいたします。

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