銚子丸が見据える、アプリとDXの先にある未来
業界に先駆けてデジタルトランスフォーメーション(DX)に積極的に取り組む株式会社銚子丸。このほど、すし銚子丸の公式スマートフォン(スマホ)アプリをリニューアルし「銚子丸 縁アプリ」をローンチしました。
「いつでも、どこでも 銚子丸と、もっとつながる」をコンセプトに、お客様が銚子丸とのつながりを感じられるようにしたもので、顧客への最適なプロモーションをはじめとするさまざまな取り組みをアプリを起点に新たに展開する考えです。
フラーは銚子丸のデジタルパートナーとしてアプリの企画・開発を支援。店舗に何度も足を運んだり「劇団員」と呼ばれる店舗のスタッフにヒアリングを重ねたりすることで、当事者意識を強く持ち、デジタルプロダクトの価値を高める開発やデザインにつなげました。
銚子丸はなぜ、DXに積極的に取り組むのでしょうか。その先に見据えているのは、どんな未来なのでしょうか。銚子丸のデジタルの中枢を担う二人の役員に、フラーのデジタルパートナー事業を統括する林と今回のアプリを担当したディレクターの南が話を伺いました。(敬称略)
「銚子丸 縁アプリ」は“他の外食系アプリと大きく目的が異なる”
林:初めてお会いしたのはちょうど1年ほど前だったかと思います。フラーに対して当初どういう印象をお持ちでしたか?
川村:デジタルを生かしてお客様に合わせたさまざまなプロモーションを展開できればという話が社内で上がるなど、これまでできなかったデジタル関連の取り組みに大きく着手したいと思っていたぴったりのタイミングでフラーさんと出会いました。
銚子丸は2020年11月からスマホアプリの運営を始めましたが、基本的にはクーポンの配布を目的としたアプリで何か特徴があるわけではありません。
それゆえにいつかアプリをリニューアルしたいという思いがずっと私の中にありました。
そんな思いを抱きながらフラーさんと初めてお話をした時は、ちょうど銚子丸がDXを実践しようと舵を切り始めた時期でした。
そういう意味では出会えて本当に運がよかったなという印象ですね(笑)。
林:運やタイミング、本当に大事ですね。
南:ご縁があってよかった…!
林:アプリのリニューアルにあたって、フラー以外にどのような選択肢があったのですか?
川村:検討の対象となったのは主にアプリのノーコード開発ツールでした。ただ、ノーコードツールのようなパッケージはユーザーに提供できる価値や機能の制限が思っていたよりも大きい印象でした。
では、スクラッチで開発したらどうなのかと思っていたところでちょうどフラーさんと出会い、そこから取り組みが始まりました。本当にすごく上手くタイミングが合ったなという印象です。
林:外食企業がアプリに取り組む場合、目的が販促であることが圧倒的に多いですが、今回の「銚子丸 縁アプリ」は他の外食企業のアプリと明らかに趣が違います。いわゆる“銚子丸のファン”をしっかりと醸成していく、銚子丸を好きになってもらうためのアプリだからです。これは一般的な外食系アプリと目的が大きく異なります。
今回の「銚子丸 縁アプリ」は、実際作っていく過程を僕もずっと目にしていますが、パッケージ化されたアプリ制作ツールでは決してできない、ゼロから全てを作っているからこそ成し遂げられる体験をユーザーに提供できていると思います。
DXとは「強みをさらに揺るぎないものにすること」
林:ずばり、銚子丸にとってのDXとは何なのでしょうか?
堀地:強みを揺るぎないものにすること、それこそがDXだと思います。
銚子丸の揺るぎない強みは「銚子丸を選んで来店されたお客様に決して損させない」ということです。つまり、お金を払っていただいた分の、場合によってはそれ以上の価値をちゃんと提供するということです。
デジタルを生かすことで、これまで見えなかったお客様の姿が見えてきて、好みやお気に入りなどが分かるようになれば、パーソナライズされて必要な人に必要なものが提供できるようになり、この強みをさらに揺るぎないものにしていくことができると考えています。
銚子丸がDXに一気に舵を切る背中を押したきっかけは、2019年に行ったアメリカ研修でした。
チックフィレイ(Chick-fil-A)という西海岸で非常に人気のあるチキンのファーストフードチェーンの本社を訪問する機会があったのですが、社長が右手にiPhoneを持って左手にうちでよく使っているような経営理念の本を持って登場して、開口一番「うちのチックフィレイはこの二つでやってるんだ」という話をされたんですね。
経営理念の本は「社員が共通の感覚を持つこと」を、もう一つのスマホは「デジタルに関する取り組みにしっかり取り組むこと」を示すものでした。実際、IT系の人材を積極的に採用してると話をしていたのが非常に印象的でした。
飲食店であっても、これからはガラッと意識を変えてデジタルに真正面から取り組む時代になると気づき、銚子丸は一気にDXに舵を切りました。
アプリを含むDXに取り組む以前の私たちは、美味しいものを出すことだけをしていればお客様がついてくるという意識で、肝心の自分たちのお客様がどういう方で何を求めているのかは経験と勘に頼ってやっていた部分がありました。
そこをデジタルを生かして見えるようにすることで、強みがさらに揺るぎないものになるーー。そう強く思い、DX関連のさまざまな取り組みを進めていくことにしました。
まさにそんなタイミングでフラーさんと出会ったわけです。
デジタルの成功の可否は「トップが腹を決めること」にある
林:コロナウイルスはDX・デジタル関連の投資を加速させた側面がある一方で、取り組みがうまくいってる会社と難航している会社が二極化していると個人的に見ています。
そんな視点で今のお話を伺っていると、銚子丸は既にデジタルを積極的に活用することへの手応えを明確にお持ちなのだなと感じました。
堀地:とはいえ、取り組みを始めた時の感覚としては、まさに清水の舞台から飛び降りる思いでしたよ。
ただ、取り組んでいくうちに結果が出てくるし、お客さまの姿も見えてくるし、いろんな面で経験や勘を土台に議論していた部分が、ファクトをベースで話せるようになっていきましたね。
林:デジタルの取り組みを成功させるために一番重要なことは何ですか?
堀地:一番大事なのは「トップがちゃんと腹を決めるかどうか」です。
つい最近までファクスを使ってやり取りをするなど、銚子丸はアナログ中のアナログだったわけですが、壊れてもいいぐらいの気持ちで腹を決めると、思い切って取り組むことができます。それが成功の可否を分けるのです。
実は、銚子丸の場合、「思い切って腹を決めて舵を切る」という体験をすでにしていたことが大きいです。
例えば労務環境の改善です。私を含めトップ層自らが育児休業を取得するなど腹を決めて取り組み、いろんなものを変えるという成功事例が一種の勝ちパターンとして身につきました。そのパターンをそのままデジタルやアプリの取り組みにも活かせたわけです。
当事者意識を持つということ
林:ディレクターとして携わった南さんは実際にアプリ開発に取り組んだ約9カ月の間、何を一番大事にしてきましたか?
南:やはり“当事者意識”を非常に大事にしてきました。フラーのものづくりの信条です。
プロジェクトチームのメンバーで毎週のように近隣の店舗に通って、お客さんとして美味しいお寿司を食べながら感じた銚子丸の魅力や、気がついた課題を体験として積み重ねていきました。自分たちが実際にお客さんになったときの体験を生かしてアプリの企画や開発ができればという思いからです。もちろん、美味しいお寿司を食べたいという思いもありました(笑)。
同時に、「劇団員」である店舗スタッフのみなさんの体験に寄り添ったアプリとなるよう店舗で何人もの劇団員や女将さんへのヒアリングも進め、双方の当事者として意識の解像度を高めていきました。
目で見て手で触らないと分からないものは必ず存在しますし、それを知らずして良いプロダクトは絶対に生み出すことはできません。これらの当事者体験があったからこそ、「銚子丸 縁アプリ」を形作ることができたと感じています。
林:フラーは当事者意識を強く持ってクライアントの事業を大事にするということを、会社のカルチャーとして重視しています。
今回のお取組みでも、銚子丸の出張回転寿司をフラーの柏の葉本社にお呼びさせていただいて社員全員で当事者体験をしたり、フラーの社内イベントで銚子丸さんの出前を必ず頼んだり、会社から最寄りの銚子丸を中心に毎週のように通ったりといった具合に当事者体験を多数重ねてきました。
実際に行って、体験して、そこから得た気づきや学びをアプリ開発に生かすということを、最初にご縁をいただいた当初から今にいたるまで脈々と続けています。
南はそんな当事者意識を持って取り組むフラーのものづくりへの姿勢を体現していると思います。
アプリが成功した状態とは
林:「銚子丸 縁アプリ」というプロダクトが成功した状態、理想の状態はどういう状態なのですか?
堀地:アマゾンプライムやニューズピックスのような息の長いサブスクリプションサービスのように長期に渡り使ってもらえている状態です。
途中でスマホアプリを整理したいなと思ったときに、一番最後に残るアプリになりたいですね。そのためにも相手にとって本当に価値あるものを常に提供できるような意識を持ってやっていくことが大切だなと思います。
林:フラーのアプリ分析サービス「App Ape」が毎年発行している「スマホアプリ市場白書」によると、ユーザー1人当たりのインストールアプリ数はだいたい100個です。もちろん中身はユーザーによって定期的に棚卸しされています。この100個の中に残って使われている状態となれば成功といえそうですね。
川村:私は、「銚子丸 縁アプリ」から出てきた言葉が浸透して一般化されたら、成功した状態と言えると思います。
今回のアプリでは、アプリ名やランクなどで「縁」という言葉を使っています。覚えやすくて声に出しやすいからです。
何度も議論を重ね、覚えにくかったり長かったりといった言葉を避けた上で、銚子丸のアプリで使っているものの普段はあまり口にしない、でも覚えやすくて声に出しやすい言葉として「縁」を紡ぎ出しました。
これは本当に時間をかけて考えました。アプリは言葉選びなんです。
このアプリで使っている造語や言葉がお客様の日常の会話の中で出てくるようになったら、多分アプリが浸透して大成功したということなんだと思います。
林:よくわかります。今回の「銚子丸 縁アプリ」は、いい意味で後続の多くの企業さんのデジタルとお客様との向き合い方の方向性を決めていくことになるかもしれないなと強く思いました。
アプリでフードロス解消も
林:銚子丸にとっての今後のアプリへの期待や未来の姿について、ぜひお聞かせください。
川村:「銚子丸 縁アプリ」は、お客様がご自宅にいながら店舗に行った時と同じ鮮度と粒度の情報を得ることができたり、銚子丸に行けない時でもアプリでイベントなどに参加することで銚子丸を感じてもらえたりすることがアプリの大きな柱となっています。
家の中にいながらお客様と銚子丸のつながりをずっと持てるようにしたいんです。それを言語化したのが、今回のアプリのコンセプト「いつでも、どこでも 銚子丸と、もっとつながる」です。
ファーストリリースではまずは基本的な機能に絞り込んで取り揃えました。
私は今回のアプリローンチは“始まり”であり、“途中経過”でもあると感じています。
今後のアップデートでは、銚子丸のファンになったお客様が店とのつながりを広げていけるような機能が提供できれば、さらにお客さんが銚子丸を楽しんでいただけるだろうなと思います。
まずは第一歩を踏み出すことができたので、次にありたいアプリの姿を追求していきたいですね。
堀地:将来的にぜひ考えたいのは、アプリを通じたフードロスの削減です。私たちが抱えている大きな課題です。私たちはお寿司屋さんなので、魚をはじめとするその日の食材はその日で売り切るという考えです。
しかし、店の閉店が近くなると、残ってる魚を早く売らなければいけませんし、最悪の場合、手をつけたばかりのシャリや魚を廃棄せざるを得なかったりするわけです。まさにフードロスです。
このフードロスに対して、例えば夜の7時半〜8時ぐらいになったら、アプリでお気に入り店舗を登録している会員様に「今日の8時半以降に来店されたアプリ会員様にプリンを1個サービスします」とか「帰りにシャリを200gパックに入れて無料でお渡します」といったプッシュ通知を打つわけです。来店されたお客様に食材をご活用いただけますし、私たちも廃棄にかかる費用を削減できます。
アプリを使ってその店のファンになったお客さんにプッシュ通知を配信するといった具合にDXでフードロスを解決する術をフラーさんと一緒に考えていけたら素晴らしいなと思います。
林:とても興味深くて面白い取り組みですね。アプリやデジタルを社会課題の解決に上手に使うことができれば、フラーとしてもさらに意義深い取り組みになると思います。
先ほど川村さんがおっしゃったように、今回のローンチは第一歩だと私たちも思っています。できる限りコンパクトで出してアップデートをかけていくというのが基本の考え方です。ぜひ一緒に考えていければと思います。
堀地:いろいろなアイデアがまだまだたくさんあります。今、こうして未知の世界をチャレンジするのは楽しみで仕方がないです。「これは無理です」と言われると、逆にやりたくなってきます。できないことはないんですよ。何かのバイアスがかかってるだけで、それを外せばできたりするわけですから。ぜひ一緒に実現していきたいですね。
林:はい!しっかり伴走して支援していければと思います。