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新しい生活・新たな時代の芸術祭へ 大地の芸術祭が見つめるデジタルの活用

日本を代表するアートフェスティバルに成長した「大地の芸術祭」が2021年、デジタルの活用を積極的に進めています。新型コロナウイルスの影響が国内外で続く中、安心安全な芸術祭を実現するとともに、現地でのよりよい体験向上や接点の維持を図ろうと公式アプリを開発。試験運用もスタートしました。

開催地では、どのような課題や思いからデジタル活用に取り組んだのでしょうか。その先に見据えているのはどんな世界なのでしょうか。大地の芸術祭の企画運営責任者とフラーのデジタルパートナー事業責任者が語りました。(敬称略、記事・写真・編集:フラーのデジタルノート編集部・日影耕造)

十日町市産業観光部観光交流課の髙橋さん

十日町市産業観光部観光交流課(大地の芸術祭実行委員会事務局)
副参事/係長 髙橋 剛(たかはし・つよし)
<プロフィール>1979年生。十日町市出身。学業を終え、中里村役場(市町村合併後、十日町市役所)に就職。広報広聴・公民館・地域自治・協働のまちづくり・市民活動・高齢化集落支援など、在職期間の大半を地域づくり・まちづくりに携わる。2019年4月に観光交流課芸術祭企画係の係長に就任。

フラー執行役員の林

フラー株式会社
執行役員デジタルパートナーグループ長 林 浩之(はやし・ひろゆき)

<プロフィール>1991年生。愛知県出身。同志社大学在学中にITベンチャーを創業。同社を6年間経営し、BtoCプロダクトを複数展開。事業立ち上げから拡大までの全行程を担当し、事業を売却。その後株式会社ドワンゴに入社、月額制コミュニティサービスの運営に携わりアプリチームの統括リーダーとして2年在籍。2018年8月フラーに参画し開発する全アプリの戦略を担当、組織拡大にも貢献。2020年7月には執行役員カスタマーサクセスグループ長に就任し、現在は執行役員デジタルパートナーグループ長。ユメは世の中の「あたりまえ」を少しでも変革すること。

幅広いファンを魅了する大地の芸術祭

林:前回のトリエンナーレでは入込客数約55万人と聞きました。多くのお客様が大地の芸術祭をきっかけにこの地域を訪れるのですね。20年間で3倍!すごいですね。

高橋:はい、全国・全世界からお客さんが訪れています。集落の皆さんの参加も増えていますし、地域の皆さんに芸術祭の力を信用してもらえているのを実感しています。

林:フラーのデザイナーは大地の芸術祭が好きで、個人的に毎年通っているデザイナーも何人もいます。

デザイナーが芸術祭のような事象に対して興味が強いのはとても理解しやすいのですが、大地の芸術祭の場合、アプリやウェブのディレクターやエンジニアといったメンバーの中にも、熱狂的なファンがいるんですね。そういう意味で、大地の芸術祭の間口ってすごい広いんだなと感じています。

高橋:ありがとうございます。昔ながらの地域の生活文化と、いわば逆の現代アートが混在する有り様が多くの人々を引き付けるんじゃないかなと思っています。

林:もともと僕は芸術・美術が大好きと胸張って言えるほどの人間ではありませんでした。一般的な美術館って取っ掛かりにくいというか…。

高橋:中に入りにくかったりしますよね。

林:でも、こんな感じでアートが自然に溶け込んでいて、気づいたら触れていて、ちょっとずつ自分の中でのアートに対する認識水準が上がってるんだろうなって思って。そういうのってすごく素敵だなって思いました。

高橋:はい、大地の芸術祭でもそうですし、アートによる地域づくりの真骨頂ですね。

インタビューは十日町市の中心部にある越後妻有里山現代美術館 MonET(モネ)で行いました。敷地内には大地の芸術祭の作品が数多くあります。

大地の芸術祭の「非効率」と、デジタルの「合理性への希求」を融合

高橋:デジタルを推進しているフラーさんの前ではちょっと申し上げにくいことでもあるのですが(笑)、大地の芸術祭はあえて「非効率」を大事にしています。

例えば、大地の芸術祭ではたくさんの作品が地域の山奥の集落に点在しています。その場所は観光地でも何でもないわけです。

そこでは迷いながら狭い道を進んでアートを見つけたり、道中あるいは作品が設置してある場所の、開けた景色が見えた時の五感の開放性を体感したり、地元の人たちに道を尋ねたりすることで地域の人々との交流が生まれたりと、現地での体験そのものにすごく魅力があるんですね。

不便や不安といった非効率から生まれる感情からの大きな振り幅が感動を呼んでいくんだと思っています。そういったものを大地の芸術祭は大事にしています。きっと林さんも現地を訪れてそういったところをお感じになられているのではないかなと思います。

林:デジタルというのは非効率を効率的にしたり、非合理なものを合理にしたりといった形に向かいがちです。

今回の公式アプリもデジタルが持つ合理性・利便性への希求と、大地の芸術祭が本来的に持つ非合理性の二つをいかに良い形で融合させるかが重要な視点だったと思います。

高橋:そうですね、今回の場合、もちろん現地での体験をさらに向上させるという意味での満足度向上の追求は、一つの重要なテーマだと思います。

一方で、今回のアプリは今まで僕たちが作品の表現やコンセプトとしてあえて作ってきた“不安”とは別次元の不安を解消することが、求められるところだったと思うんですね。

その別次元の不安とは、「新型コロナウイルスへの不安」です。

今回の大地の芸術祭がデジタルに踏み切ったきっかけでもありますが、私たちは今、コロナウイルスというこれまで経験したことのない状態に対する不安を解消することを大きな課題としています。

実際、今年予定していたアートトリエンナーレについては、やはり受け入れる側であり主役でもある地域住民の皆さんの不安が取り除けない中で開催するわけにはいかないと判断し、来年に延期しました。

ワクチンについては、地域の希望者への年内接種完了の目処がつきました。全国的にワクチン接種が進めば収束が見えるであろうとの想定で来年2022年の開催に向けて作品作りも再スタートします。

来年開催の成功に大きな役割を果たすのが、アプリだと捉えています。

特に人々の非接触による不安解消・リスク回避といった安全性と利便性追求を両立する電子スタンプラリー・電子パスポートは、大地の芸術祭のデジタル活用を象徴する機能です。

2021年9月21日付フラーニュースリリース「大地の芸術祭 公式スマホアプリをリリース」より

大地の芸術祭が持つ交流という観点では、スタンプラリーをしながら地域の方々と交流をする、つまり“接触する”ということ自体がリスクを高めることになりかねない中、リスクを回避しながら交流をいい形で残すことができる電子スタンプラリー・電子パスポートは、ウィズ・コロナの時代においての新たなチャレンジになると思うんです。

林:本質的に大地の芸術祭の良いところは残しつつ、ネガティブなところをシンプルに取り払う、ということですね。

便利でありつつも大地の芸術祭の土台となる地域の方々や訪れる方々の安心・安全を実現しながら現地での体験を後押しする、そういったものにアプリがなれたらと思っています。

高橋:僕たちも全く同じことを考えています。

現地での体験を後押しするという意味では、地図上に作品の場所を表示するとともに、作品にまつわるお話や地域のことを「じもと話」としてアプリに組み入れました。わくわく感を提供しながら、雪国ならではの文化など、こんな面白そうな地域だったら実際に現地に赴き、お話を聞いてみたいという動機付けをサポートしてくれるような仕組みになっています。

アプリが新たに生み出すもの

林:コロナに対するカウンターとしてアプリを作ったときに、接触を回避する部分でアプリが役目を担うことで、現実の交流に紐づく会話とかはもしかしたら一部なくなってしまうところはあるかもしれません。でも、違う別の何かが生まれる予感はしています。

デジタルというものは、もともとあったものを効率よく殺してしまうだけではなく、違う形で当たり前を生み出すことが往々にしてあるからです。

今回のアプリもコロナウイルス感染拡大のリスクを排除した分だけ何かきっと生まれるんだと思うんです。失った分だけ考え方や文化など何か違うものが入ってくると思うんですね。

高橋:その考え方は面白いですね。

林:トリエンナーレだけで使えるアプリなのか、通年で日常的に使えるアプリなのかでも、新たに生まれてくるものは変わってくると思います。

アプリの何がすごいかというと、作り切りのハードと違って形を変え続けることができることなんですね。アップデートによって大なり小なり常に形を変えていきます。アプリにとってこれは当たり前のことなのですが、この「当たり前」がきっと一番の強みなのです。

ユーザーや市場に合わなかったら形を変えればいいし、合ってるならそこを伸ばす機能を追加すればいい。使う人が変わったらそれに合わせることもできます。

高橋:大地の芸術祭にとって変えられないもの、大事なものと、時代によって変わっていくものとの間に生じるひずみやギャップのようなものを埋めてくれる役割をアプリが担うことになるかもしれませんね。

林:まさにその大事にしたいこと、変化に応じて変えていきたいこと、変えていくにあたってどれくらいの粒度や重要度を持って変えていくのかといった根幹の部分は、フラーをはじめとするIT・デジタル企業が単体で作り上げていくのには限界があります。

僕らデジタルに関わる人間は基本的に、非効率に感じられるものや無駄だと思われるものは削って、合理性や利便性、効率性を追求していこうという思考が根付いてしまっている部分が良くも悪くもあるからです。

だからこそ、ITやデジタルの立ち位置と逆の立場である地域の方々や高橋さんのような行政の担当者、芸術祭を手がける地域の関係者といった方々との共創がすごく大事だと思っています。

僕らが分からない地域の特性や文化・生き方・考え方を分かっている方々と、僕らがアプリやデジタルに関する取り組みを共創することで、テクノロジーをどう使ったら地域が幸せになるのか一歩踏み込んで考えることができます。実際のデジタル活用の姿としても、表面的な合理性や利便性の追求といったデジタルの論理で形成されたものに比べて圧倒的に良いものができると思います。

共創する当事者としての意識を持って取り組むためにも、アプリの作り手である私たちはできるだけ現地に足を運び、実際に自分がユーザーとしてアプリやデジタルのサービスを使う場面を想像しながら、一緒に全力でものづくりをすることが大事だと思っています。

現地に赴きアートにふれるフラーのメンバーら(フラーニュースリリースより)

高橋:フラーのみなさんのように地域に対する想いがあるのとないのでは全然違いますね。僕たちも全力で大地の芸術祭にコミットしていますし、皆が同じ目線で共創することで、いいものができると確信しています。

「大地の芸術祭の成功」という同じ目的に対して、それぞれの得意分野から視点を変えてアプローチしているわけじゃないですか。そういった意味では、フラーさんにとってお客さんは私たちではなくて、私たちと同じように、地域の皆さんや大地の芸術祭を訪れる方々がお客さんなんだろうなと思います。

林:そう言っていただけると、すごく嬉しいです。フラーがものすごく大事にしてることだからです。昔ながらの受発注の開発体制だとフラーは受注者で、発注者はお客さんになるわけです。その体制だと、アプリの場合、最悪、発注者が喜ぶものを作ればいいという思考が働き、その先にいるアプリのユーザーという本当に大切なお客さんのことを無視することになりかねません。でも、今回のアプリはそういった思考や力学は生まれなかったと思います。お互いに見ているお客さんが一緒だからです。

「五感で体感」を守るためにアプリができること

林:先日、世界の美術館をVRで体感できるようにしたみたいなニュースを見ました。コロナで家から出れない中での一つの選択肢だと思うんですけど、大地の芸術祭はそういう方向に向かうべきではないと思うんですね。

高橋:まさにそうですね。大地の芸術祭を手がけるにあたって、地域の方々や訪れるお客さんのためにも譲れないものは「五感で感じること」です。体験・体感をこの地域でしてもらうことは、大地の芸術祭にとってどうしても譲れない一線です。

ここ(越後妻有)に来てじっと汗が出てくるこの感覚や、作品の前に立った瞬間、さっと涼しい風が吹いてくる感覚とか、五感で感じられるのが越後妻有であり、思い出に残っていくところなのかなと思います。

林:なるほどですね。体験は何物にも代えがたいですね。高橋さん一押しの大地の芸術祭体験というのは何ですか?

高橋:作品をめぐる時間帯や季節を変えると、新しい世界が開けるかもしれませんね。例えば、朝ご飯の前にちょっと屋外作品を観に行ってみようとか、巡る時間を変えることで、美しい朝靄や、その中で仕事をするおじいちゃんおばあちゃんといった具合に新しい風景が広がります。新しい発見や体験が常に生まれるのでおすすめです。

林:何回も大地の芸術祭を訪れている人でも、来るたびに新しいものを見つけられそうですね。

高橋:そうだと思います。常に新しいことが起きていますし、その時に会った人によってストーリーは全く異なります。そういった形で来るたびにいろいろな人に会うし、いろいろな人のストーリーに触れるような体験こそが五感で体感する芸術祭の醍醐味です。同じ体験は二度とありませんので、ぜひ何度でも来ていただきたいですね。

アプリが変える何かを捉えるために

高橋:今回のアプリを大地の芸術祭で活用することで、迎え入れる私たちは、訪れる方々にリアルな情報を手にしてもらって、現地を訪れた際にストレスなく作品巡りをしてもらうこと、そしてアプリを通じてこれまで以上に大地の芸術祭に対するわくわく感を生み出すことがまずは重要だと思っています。

ただ、大地の芸術祭でアプリやデジタルを使うことが当たり前になったその先にはやっぱり新たに生まれてくるものがあるのではないか思っています。まだ見えてはいませんが、それは間違いなくプラスの方向に行くと確信しています。

林:きっと「アプリを使うのが当たり前になった時に、その先の世界を考える」が最適解なんだと思います。会社の事業計画のように5年後のアプリの計画を立てるのではなくて、必要が生じた時にフラットな視点で判断するべきなんだろうなと。

高橋:そうですね。アプリが当たり前になったその先であっても、「五感で感じる」という大地の芸術祭の変えられない本質の部分は変えないまま、デジタルを生かした発信を続けていけると思います。それは僕たちがいなくなった後、子供や孫の代になっても変わらないでいて欲しいですし、きっと変わらないんだろうなと思います。

林:そうですね。10年先のことなんて本当に見通せない時代です。でも、大切にするべきものを徹底的に大切にしながら、デジタル活用によって変えるべきところを変えるという二つの視点が組み合わせれば、先が見えない時代であったとしてもなんとか乗り切れると思います。

相互理解を深めて大地の芸術祭成功へ

高橋:正直、フラーの皆さんと一緒に仕事をする前は本当に不安でした(笑)。地域に根ざす僕たちが、IT・デジタルという真逆の世界で生きる人たちとどうやって仕事をやっていけばいいのかと。でも、一緒にやっていく中で、やっぱり目指してるものは同じ大地の芸術祭の成功や体験向上で、そこに向けて役割を分担して一緒に取り組んでいるんだなと思うようになりました。

今は一緒に開発ができていることがすごくありがたいと思っていますし、同じ仲間としてやってもらっています。私たちに解決できないものがあったら、今後もぜひご相談させていただきたいなと思っています。

林:ありがとうございます。持っている経験や知識が違う者同士で共創する際に重要なことは、相互理解だと思います。フラー のメンバーは全員芸術祭を知ろうと現地に足を運んだり、話を聞いたりしていますし、大地の芸術祭スタッフの皆さんはアプリやデジタルについて本当に勉強をされています。

最初はお互いに手探りでも3カ月、半年と一緒にやっていく中で間違いなくお互いが歩み寄れるし、コミュニケーションも円滑になって、いいものができていくと思うんです。

(2021年9月21日付フラーニュースリリース「大地の芸術祭 公式スマホアプリをリリース」より

創業者の渋谷をはじめとする多くのメンバーが新潟出身というのもあり、新潟はフラーにとってものすごく思い入れの強い地域です。おかげさまでフラーはここ数年で新潟発のアプリ関連企業として知名度が上がりました。

今回の取り組みをきっかけにより多くの方々にフラーを知ってもらうことで、役割の幅を広げられたらと思っています。越後妻有をはじめとする新潟を、そして日本を、大都市からではなく地元である新潟から元気にしていきたいです。

さらにその先には、世界で使われるアプリを作りたいという強い思いがあります。日本から出てきたベンチャーで世界で戦ってる会社はとても少ないです。夢物語かもしれませんが、新潟発の世界に誇れるアプリを作りたいです。

高橋:僕たちもこの大地の芸術祭のアプリの取り組みを通じて、芸術祭の方針やこれまで大切にしてきたことを変えることなくデジタルは活用できて、さまざまな可能性も広がるんだということが伝わっていったらすごく嬉しいなと思います。

そういう意味では、地方創生におけるアプリ活用の可能性を追求する、というチャレンジをする役目があるのかなとも思います。大地の芸術祭は何もないところからチャレンジしていく気質があるので、これからも全力で取り組んでいきたいです。

越後妻有里山現代美術館 MonET(モネ)の前で

林:デジタルは、「広めること」が圧倒的に得意ですので、そこを上手に使ってもらえたらなと思います。今回の取り組みを通じて、芸術祭スタッフの皆さんの中でもアプリやデジタルに対する理解がすごく深まったと思うんです。

ここから実際に芸術祭でアプリを使ったり、地域の方々の意見を聞いたりすることで、デジタルの良し悪しが見えてくると思うんです。そして、その知見は、今後別な場面でデジタルを活用する際の土台にもできるはずです。さらにいいもの、良い体験が越後妻有として作れるようになるんだろうなと確信しています。これからがすごく楽しみです。

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