「るるぶ」の世界観をデジタルで実現するために。 JTBパブリッシング「るるぶ+」開発秘話
株式会社JTBパブリッシングがリニューアルして提供を開始した、「るるぶ」の新たな公式アプリ「るるぶ+」。フラーはJTBパブリッシングのデジタルパートナーとして、アプリとウェブ版のデザイン・開発を支援しました。
アプリづくりの裏側で、両社のアプリ責任者・担当者はそれぞれどのような思いで取り組んでいたのでしょうか。「るるぶ+」の開発秘話を伺いました。(敬称略、役職は取材時点)
ーー「るるぶ+」においてどんな業務を担当されていますか?
阿部:
「るるぶ+」におけるサービス全体の運営管理を担当しています。集客のための各種施策の管理や、提携している「るるぶトラベル」サイトとの連携、アプリの機能改善といった、サービス全般のマネジメントを担ってます。
武内:
ユーザーに「るるぶ+」をより使っていただくためのあらゆる施策を考え実行する、サービス運営全般の担当マネージャーです。アプリマーケティングツールを活用した各種キャンペーンからユーザー対応まで、多種多様な業務を担っています。一般的にはディレクターという立場になるかと思います。
荒川:
私は「るるぶ+」のユーザーの皆様に合ったコンテンツの見せ方の工夫や継続的にお使いいただくためのお得な情報の発信、プッシュ通知の発出などを担当しています。弊社の他のメディアとの連携やキャンペーンの企画なども行っています。
ーーフラーのメンバーはいかがでしょうか?
永光:
私はフラーのデザイナーを管理するマネージャーを務めるとともに、「るるぶ+」の記事のデザインを主に担当しました。るるぶの世界観をどう担保しながらデジタルのデザインに落とし込むかといったことを、JTBパブリッシングの皆様と一緒に考えながら進めています。
実際の開発現場では、記事の元となるデザインテンプレートを作成してメンバーに共有し、どういった運用方法だったらスムーズに運用できるか、実際に作って試しながら仕上げていきました。
三輪:
「るるぶ+」でフラー側のプロジェクトマネージャーとしてJTBパブリッシング様のビジネスを理解し、そのビジネスの要件となっている機能をアプリに落とし込んでいく企画・開発・デザインの推進管理などを担当しました。
フラー側は、デザイナー、各OSごとのエンジニア、そしてディレクターと延べ30人以上のメンバーが関わりました。フラーの中でもとりわけ大規模なプロジェクトとなっています。
るるぶがデジタルに取り組む意味
ーー「るるぶ+」はどんなアプリですか?
荒川:
「るるぶ」シリーズは50年以上に渡り愛され続けている旅行ガイドブックで、2010年12月には「発行点数世界最多の旅行ガイドシリーズ」(Longest book series-travel guides)としてギネス世界記録™に認定されています。
既存のアプリをリニューアルして生まれた「るるぶ+」は、全国各地の「見る」「食べる」「遊ぶ」を徹底的にガイドしたJTBパブリッシングが発行する旅行情報誌「るるぶ」の約200冊から厳選した記事を無料で読めるサービスです。
「るるぶ」の編集部が厳選した最新の観光・おでかけ情報を楽しむことができるほか、お気に入りの記事のクリップ機能や宿泊施設の予約機能も搭載しています。
個性豊かな「るるぶ」の世界観と掲載している情報をそのままデジタル上で再現しているのが大きな特徴で、ガイドブックの「るるぶ」と同様に行きたい都道府県に関する旅先の情報をエリアやテーマ別に調べることができます。
ーー既存のアプリをリニューアルすることにしたのはなぜですか?
阿部:
「旅行のための情報収集」というニーズに対して私たちがユーザーに提供できるアセットを見ると、現状ではやはり紙媒体をベースとした書籍関連の割合が多くを占めています。
一方、ユーザーのデジタルシフトが近年加速度的に進む中、お客さまのアプリ内での行動データを蓄積することで適切なレコメンドをお出しし、体験をより良くしていくといったデジタルならではの強み・価値を新旧のメディアを問わず発揮することで事業成長に貢献していくべきだろうという考え方が、JTBパブリッシング社内の大きな流れとなっていました。
武内:
そのような背景の中で、既存のるるぶアプリではデジタルの強み・価値の一つである「どういう方がどういう利用頻度で」といったアプリの運営やサービスの改善につながるユーザーのデータをうまく活用できていませんでしたし、本の「るるぶ」の特徴的な“るるぶらしさ”ともいえるような世界観も表現できているとは言えない状態でした。
既存のアプリが抱える課題と、阿部がお話しした社内のデジタルに対する大きな流れ・考え方が合流し、アプリとウェブ版のリニューアル開発にいたりました。
阿部:
コロナ禍も相まって、生活者の情報収集はこの数年でスマホシフトが加速しました。もちろん、旅やおでかけに関する情報も、スマホで簡単に入手可能になっています。
一方、インターネットを通じて自由に情報発信できるようになったことで、「情報が信頼できるものかどうかわからない」「情報が多すぎて探すのに負担が大きい」といった課題が生じるようになりました。人々は様々な媒体を検索して比較をしたり、情報源の正しさを見極めたりする必要があり、その情報収集と選択には一定のストレスがかかっているのが現状です。
これらの課題やお悩みごとに対し、「るるぶ」がこれまで培ってきたブランド・信頼性・世界観を生かして旅行やおでかけに関する情報収集の苦労を無くすことが、「るるぶ+」で提供できる価値であると考えました。
「るるぶ」の世界観をデジタルで実現するとともに、JTBパブリッシングが手がけるデジタル媒体の代表例・基幹サービスとして「るるぶ+」を育てていこう――そんな思いで開発に臨みました。
ーーフラーをパートナーとして選んでいただいたのは、どういった理由からでしょうか?
阿部:
協力していただけるパートナーを探すにあたって、“世界観”のような包含する範囲が広くて情緒や情念・概念のようなものを含めて何かを体現するには、技術力も当然必要なのですが、発想力やデザイン力といった部分も優れている会社さんにしっかりと伴走いただくべきだなと考えていました。
発注者からの要件や指示に従うだけという会社さんも世の中にはたくさんあると思いますが、私たちとしては「るるぶ」の世界観をアプリやデジタルで実現するためにしっかりと意見交換できて、ともに良いものを仕上げていける方々にお願いがしたかったのです。
これらの観点でフラーさんが最も、そういった我々の要望を叶えていただける会社だと感じたので、今回の開発をお願いさせていただきました。
デジタルでも大事にしたかった、「るるぶ」の世界観
ーー実際のアプリ開発を進める中で、苦労した点やアプリの成功に向けた手応えを掴んだエピソードをお聞かせいただけますでしょうか?
阿部:
たとえば、「るるぶ+」の中核であるコンテンツをまとめた「特集」は、スマホの中に並ぶ“カード”として情報をまとめています。これはフラーさんから提案されたものです。
書籍の世界観、そして紙面で成立しているわくわく感や楽しさをアプリとウェブにおいてどのように表現できるかについては、我々として非常に重視した点です。
“るるぶらしさ”を損なわずにデジタルにどのように落とし込んでユーザーさんに届けていくか――頭の中で何となく分かっていても、デジタル上で実際にどう具体化するべきなのかイメージするのがとても難しかったのですが、こうして手のひらのスマホ上でカードとして情報をまとめることで、「るるぶ」の持つ高揚感や手触り感を表現することができました。
荒川:
世界観をそぎ落としすぎてしまうと「るるぶ」の魅力が出てこない一方、強くしすぎると機能面で分かりづらいものになってしまいます。
るるぶの世界観と、分かりやすいUIをどう同居させるか、私たちも悩んだところだったのですが、フラーさんがとても綺麗かつ丁寧にまとめてくださいました。
実際にカードのデザインを見せていただいたときは、思わず社内のメンバーと「めっちゃいいね!」と喜びあったのを覚えています。フラーさんのデザイン力の高さを感じました。カード型のデザインはアプリとWebの両方で生かされています。
武内:
実は、今回のようにアプリとWebサイトを同時に作るというのは、当社ではおそらく初の試みでした。
その二つの利点の違いについて、ぼんやりとわかっているつもりではあるのですが、それぞれの利点を活かしてものを作るのは、やっぱり具体的には難しいものです。
さてどうすれば…と思っていましたが、一緒に議論をしていく中でフラーさんから「アプリはこういう見せ方や動きができる一方、Webサイトでは…」といった具合に、明確に見た目と理論で説明していただくことでよく理解ができました。
阿部:
アプリ開発の経験が豊富でノウハウをたくさん持っており、私たちがわからない開発におけるボトルネックをかなり先回りしてご調査いただいたのだろうなとも感じています。
おかげさまで総じてスケジュール通り、手順通りに事を進められました。「こんなにスムーズにリリースを迎えられるなんて、今まであまりなかったよね」という話を社内でもしました。
三輪:
大変嬉しいです。もちろん我々としても全力を尽くしてリリースへ進んでいましたが、その中ではやはりJTBパブリッシングさんたちにご相談させていただいたこと、そしてご理解・ご調整いただいたことが多分にありました。我々としても感謝の気持ちでいっぱいです。
紙で培った「るるぶ」をデジタルで再現するこだわり
ーー「るるぶ+」を構成する重要な要素であり、コンテンツの中心である「特集」は、どのようなこだわりや思いを持って制作されたのでしょうか?
武内:
「るるぶ」の世界観を表現するということ念頭におきながら、「アプリって当然こうだよね、Webサイトって当然こうだよね」という思い込みを手放して、なるべく真っ白な状態で考えようという意識は常に持っていました。
リニューアル前のアプリが「るるぶ」の世界観を表現しきれていなかったのも、今思えばこの思い込みが原因でした。でもあらためて考えてみれば、アプリもWebもやってはいけないという決まりはないんです。
誌面では斜めだったりデザインが四角だったり丸だったりページを跨っていたりと、色々やっているわけですから。それをWebやアプリでやってはいけないという決まりはない―思い込みはなくそうという強い意思で取り組みました。
実際、今回のリニューアルでは、絶対に今までだったらやらなかったであろう「背景に写真を入れる」「サムネイルにデザインを当てる」「要素を斜めに配置する」といった「るるぶ」の世界観を表現するためのさまざまな工夫をしています。
三輪:
おっしゃるとおり、ブランドを表現するには、必ずしもセオリー通りが一番良いわけじゃないというのを私たちも学ばせていただいた思いです。
「良いUI」とは無意識に使い方がわかるような、ユーザーが慣れ親しんだデザインだと思っています。
ただ今回のプロジェクトでは、50年以上の歴史がある「るるぶ」に慣れ親しんだユーザーに、魅力的なサービスを届ける必要がありました。
アプリとしての使いやすさだけを優先するのではなく、ブランドの世界観をどう伝えるのか?るるぶらしさとは何なのか?そんなことに向き合い、頭を悩ませながら取り組む日々でした。
単にユーザーさんがUIとして慣れ親しんでいるだけではなく、JTBパブリッシングさんが望まれている「ブランドを表現できるもの」として出すべきという気持ちは開発中、常に忘れないようにしていました。
永光:
デジタルを担うフラーのデザイナーとしても、「るるぶ」の世界観をどう再現するかをとても意識したプロジェクトでした。たとえば、誌面でいただいている記事をどう縦スクロールにするのか、引っかからないようにするためにはどうしたら良いかなどに腐心しました。
三輪:
運営コストとのバランスにも悩みながら、見開きのページをどうスマホ向けの縦長にしていくのかなど、さまざまな事柄について議論しながら、こだわりをもって作りましたね。
阿部:
情報密度が高い「るるぶ」の誌面を縦長のスマホ画面用に落とし込んでの再構成は、永光さんはじめフラーの方々にご苦労いただいた部分だなと思っています。単にスマホの画面に落とし込むのではなく、Webページとしてのユーザビリティを意識しながらも、意識し過ぎて“らしさ”を失うこともなく世界観を再現するという、なかなか一筋縄ではいかないところでした。
試行錯誤の結果として、ユーザーが「るるぶ」に対して自然に想起しているポジティブなイメージを、デジタル展開した中でも減ずることなく再現できました。
永光:
今回、「るるぶ+」のCMS(記事管理システム)を構築するにあたっても、「るるぶ」の世界観を表現することは強く意識していました。個性のないデザインにならないようエンジニアとしっかり連携を取りながら進めました。
特に私は紙媒体出身のデザイナーではないので、誌面づくりについては無知なところも多々あったのですが、今回の開発を通じてJTBパブリッシングさんにさまざまなノウハウを丁寧に教えていただきました。諸々のフィードバックもとても早くいただき、おかげ様でとてもスムーズに作業ができました。
武内:
「るるぶ」のあの何とも言えない独特の誌面のすみずみにまで情報と色味が載っている感じ、そして色やフォントの使い方は、編集部員と誌面デザイナーさんの間で長年受け継がれているのですが、実は特に何かマニュアルなどがあるわけではありません。いわば伝統芸能のようなものです。
それだけに、「るるぶ」の世界観への理解を深めながら、かつ運用フェーズやコストも考えてデジタル化するのはとても難しいことだったと思います。
カードデザインの参考になればとお送りした何冊かの雑誌からも独特のフォント感や各記事の紹介の仕方などを読み解いてくださいました。
今では弊社の1、2年目の社員よりも詳しいくらいだと思います。
三輪:
紙面を読み解く中で、編集部の皆さんがすごく高い熱量を持って作られたコンテンツに関わらせていただいているんだなと実感でき、楽しい時間でもありました。リリース後、デザイナーとあらためて自分たちが作った記事を見て感動しました。
「るるぶ+」の今と未来
ーー「るるぶ+」の利用はどのように広がっているでしょうか。現在の状況をお聞かせください。
阿部:
リニューアル前のアプリでは、連携する旅行予約サービスである「るるぶトラベル」を同時利用いただく、いわゆる宿泊目的のお客様がかなりの割合で多かったと分析しています。
一方でリニューアル後の現在は、もちろんそういったお客様も引き続き利用しつつ、相対的には特集記事の閲覧を目的としたユーザーの拡大が進んでいることが、実績としてまず感じるところです。
様々な記事を閲覧いただいたユーザーの行動データを蓄積することで、解像度の高い分析向けデータも蓄積しつつあります。事業領域の拡大という点でも、業界への貢献という点でも、これらデータは大いに活用の可能性があります。ユーザーの利用シーンの可視化という観点では、想定に近い形です。
荒川:
実際、「るるぶ+」でどの記事をユーザーのファーストビューにするか検討する際、ユーザーに何を求められているのかを探るためPV数などの各種データを分析し始めています。人気の記事はさらに伸びていくよう、逆にまだ見られてない記事は見つけてもらえるよう、データをもとに色々な工夫をしているところです。
阿部:
紙媒体の書籍の場合、購入前のユーザーとの接点を可視化する手段が限られていますが、デジタルプロダクトの場合は購入前から接点を可視化できます。将来的にデジタルを軸としたビジネスを展開していく上で大きなプラス要素となるはずです。
ーー今後どのような展開を見据えていますか?
阿部:
ブランドイメージを損なわずお客様にデジタルシフトしていただくというのは、今回のプロダクトの重要な目標です。そこに向けてこれからも展開を続けていきたいです。
「るるぶ+」のコンテンツは現在、旅行というテーマを軸に展開していますが、これからは日常接点を意識したユーザーが持つ知的好奇心をしっかり刺激できるような、いわゆる趣味やライフスタイルをテーマとして重視したジャンルにもコンテンツ領域を拡大していこうと考えています。
繰り返しになりますが今回、「るるぶ」の世界観をスマホでうまく再現していただいた点が、私たちとしてはフラーさんと協業させていただいた本当に一番大きなプラス要素だと感じています。
この「るるぶ+」をさらに発展させていくため、フラーさんには引き続き今後に向けてご協力をお願いできればと思います。
三輪:
ありがとうございます。アプリはリリースしてからが本番です。これからもっともっとユーザーを増やせるよう、今後もフラーとしてしっかりご支援できればと思います。