新潟県内に二箇所目の拠点が完成! 〜長岡サテライトオフィス開設のストーリー〜
新潟県新潟市と千葉県柏の葉にそれぞれ本社オフィスを構えるフラー。このたび、新たに長岡市へサテライトオフィスを開設いたしました。
そこで、「長岡への想い」「長岡に新オフィスを構える理由」「これからの展望」などについて、フラーの中でも長岡に縁深いメンバーに話を聞いてみました。
櫻井 裕基(さくらい ひろき):
1989年生。新潟県出身。国立長岡工業高等専門学校卒業後、千葉大学工学部デザイン学科へ編入学。2012年にフラーに参画し、2014年1月に取締役、2019年6月に副社長に就任し、現在は取締役副社長兼CDO(最高デザイン責任者 Chief Design Officer)。ユメは世界一働きやすい会社を創ること。
田口 浩行(たぐち ひろゆき):
1989年新潟県長岡市生まれ。都内の大学を卒業後、都内のIT企業に就職し、エンジニアとして様々なサービスの開発に携わる。その後、地元長岡にUターンし、転職を経てフラーに入社。現在はAndroidエンジニアとして働く。
小林 達之(こばやし たつゆき):
1982年新潟県長岡市生まれ。県内の大学を卒業後、地元企業に就職。都内のIT企業へ転職し、エンジニアとして様々なサービスの開発に携わる。地元長岡にUターンした後、転職を経てフラーに入社。現在はAndroidエンジニアとして働く。
長岡との関わりについて
——フラーでどんなお仕事をしているか、長岡とはどんな関わりがあるか教えてください
櫻井:
副社長の櫻井です。
もともとは上越の出身ですが、中学を卒業して長岡高専に進学し、5年間、寮に住んでいました。
なので長岡は、十代後半という多感な時期を過ごしたところになるので、僕にとってはなじみの深い、新潟の第二の故郷といった印象ですね。
田口:
Androidエンジニアの田口です。デジタルパートナー事業部に所属しており、現在はリユース事業をドメインとしたスマートフォン向けアプリのプロジェクトを担当しています。
僕は長岡出身、地元が長岡という人間です。
大学進学で東京に行き、就職も東京で一度したんですけども、やはりいつか故郷に帰って来たいという思いがあり、結婚を機に長岡に帰ってきました。
しばらく他のIT企業に務めて、それからフラーに転職し、今に至ります。
小林:
エンジニアの小林です。田口さんと同じく、デジタルパートナー事業部で、リユース事業に関するプロジェクトを担当中です。
小学校から大学までずっと長岡にいました。新卒で入社した会社も、新潟の企業です。
そのあと、東京に出て働いていた時期もありましたが、また長岡に戻ってフルリモート勤務をしていました。
それから転職し、今はこうしてフラーで働いています。
櫻井:
なお、僕たち個人だけでなく、フラーとしても長岡は馴染みのある土地です。
創業者で会長の渋谷も、僕と同じく出身地こそ別ですが長岡高専出身。その長岡高専とは、包括的連携協定を結ばせていただいています。
さらに、現在は長岡造形大学とも縁がありますね。何度か講演をさせていただいていますし、フラーのデザイナーにも同校出身者が何名かいます。
(オフィス最寄りの長岡駅の様子)
なぜ長岡にサテライトオフィスを構えたのか
——フラーが長岡にサテライトオフィスを構えることになった理由はなんですか?
櫻井:
フラーには、長岡に住んでいるメンバーが現在正社員で3名、アルバイトで3名ほどいるのですが、オフィスが新潟にあると、単純に時間も交通費もかかってしまいますよね。現実的な話ですけど、そこをまず解消したい思いがあります。
もちろん、メンバーに居住者が多いからという理由で、縁もゆかりもない場所にポンとオフィスを構えるわけにはいきませんが、長岡が地元であるというメンバーが多いのなら、話は別です。
慣れ親しんだ、子供から見てきた景色の中で働けるっていうのは、やっぱりちょっと特別なことになるかなと。そういう体験をフラーの中で作れたら、素敵だなと思っています。
また、採用の面から見ても長岡は魅力的です。長岡高専に長岡技術科学大学、長岡造形大学などがありますから。
そこに通っている優秀な人たちが「このまま地元にいたいけど、なかなかITの仕事は地方にはないから、都市部や東京に出なくちゃいけないかな」と悩んだときに、フラーが選択肢のひとつになればいいなと。
慣れ親しんだ地元で働ける選択肢が増えるって、世の中としていいことだと思います。
——選択肢という言葉が出ましたが、地方と都市部で持てる選択肢の違いについては、どのように思いますか?
小林:
自分は、まさにエンジニアの仕事がなくて、地元の長岡を出て他の場所で就職したタイプです。地元には選択肢がなかった。
新卒で入社したのは新潟市内の会社だったので同じ県内ではあったのですが、やはり、ちょっと遠いなとは思いましたね。
新潟市に住むこともできたのですが、地元にいたくて、通いで勤務していました。新潟市での就職は、ほんとうに仕方なくという感じですね。
その新卒で入った新潟の企業で、途中からソフトウェアエンジニアとしての仕事をするようになりました。
そこで、「開発って面白いな」と感じて、システム開発がメインの会社に転職したいなと思うようになったのですが……長岡や新潟では、やはりあまり選択肢がなく。
そこで、東京の会社へ行くことになりました。
櫻井:
最初はフルリモートじゃなくて、普通に東京に住んでってことですよね?
小林:
そうです。プライベートでは、結婚して子どもが生まれる直前でしたね。
当時30歳前後。年齢的に将来のことを考えて、「自分のスキルを上げていかないと、この先不安だな」という思いがありました。今やらないとまずいな、なんて焦燥感というか。
結婚したり子供が生まれたりという状況もあったので、いろいろ天秤にはかけて考えたのですが、幸い、家族の理解も得られて。
結局2年間、東京に住んで、それからフルリモート勤務になって長岡に戻ってきました。
櫻井:
いやー、泣ける、泣けますね……。
最初から、東京に出て、でもいつか長岡に戻ってこようっていう気持ちだったんですか?
小林:
はい、そのつもりで。当時勤めていた会社とも、数年間東京で勤務して慣れたらフルリモートで、という話でした。
櫻井:
なるほど。
田口さんはどうですか? 大学進学のタイミングで東京というお話でしたが、そのまま東京で就職された形ですか? 新潟という選択肢は……。
田口:
そうですね、東京で。新卒の段階では、正直ちょっとまだ東京に住んでいたかったのと、やっぱり新潟となると選択肢が狭まるな、と。
自分は当時、どうしてもエンジニアになりたかったわけではなく、就活をしていく中で自然とその方向に寄っていった感じではあったので、必ずしも東京でなければ仕事がないわけでもなかったと思います。
ですが、大学生活で東京に何年も住んでいたし、知り合いも多いし、今あえて地方に行かなくても……って。
櫻井:
うんうん。
でも、やっぱりそこからまた長岡に帰った?
田口:
はい。
いつかは長岡に帰ろうとは思っていたんです。
東京は住んでいて便利で楽しい場所ですが、ちょっとごちゃごちゃしていて疲れる部分もあるので、ある程度満喫したら地元に帰りたいなと。ここで子育てはしたくないかな、とも思いましたし。
それで、結婚を機会に長岡へ帰ることにしました。
当時の転職先の希望としては、東京で働いていたIT企業がコンシューマ向けのモバイルコンテンツに力を入れていたので、転職しても同じ分野で仕事がしたいなと。
でも、転職当時、長岡にそういうことをやっている会社はほぼほぼなくて……、色々検討した結果、業務系のアプリケーションを作っている企業に就職しました。
櫻井:
そこからフラーにどのような経緯で来てくださったのかも、ぜひお話しいただけると。
田口:
やっぱり多くの人に使ってもらえるコンシューマ向けのものを作りたいなという思いが、長岡に帰ってきてからもずっとあって。
そんなとき、毎年行っている長岡花火大会で、フラーの花火が上がったんです。そういえば長岡花火大会の公式アプリもここが作ってるんだよな、と思ったらちょっと気になってきて。
そうしたら、今度は県内のテレビでフラーの特集番組が放映されました。
そこで出演されていたフラーメンバーが、ちょうど長岡に住みながら新潟支社(編集注:現在は新潟本社)に通っていて、「あ、だったら自分も可能性あるかも」と。
改めてちゃんとフラーについて調べてみると、自分がやりたいようなスマホ向けアプリを作っているし、その出来もいい。
そこで、応募してみて今に至る……という感じですね。
櫻井:
理想の届き方になってくれたなあと思います。
花火って、一つひとつの企業が想いを込めて上げています。僕たちのあの花火にも、創業者の渋谷の夢や、メンバーの長岡高専時代からの気持ちとか、いろいろなものを込めていて……僕たちは、あれが世界一の花火だと思っている。
だから、今の話聞いていて「ああ、上げてよかったな」と、改めて感じました。
花火は別に、「積極採用中です!」とか言ってるわけじゃなく、単純に想いを打ち上げただけですから、それが伝播してこういう風に繋がるのは素敵だなと思います。ご縁ですね。
田口:
はい。……ちょっといい話になりすぎたかな(笑)
地元・長岡に住み、地元・長岡で働くということ
——長岡サテライトオフィスが出来たこともあり、現在、田口さんと小林さんは長岡に住み、基本的に長岡でお仕事をされています。実感としてはいかがですか?
田口:
まず、実家のある地元に住めて、そこで働けるのは、子育て中の家庭としてはすごくありがたいなということ。
夫婦ともに長岡出身なので、預けたいと思ったときにはどちらかの実家にお願いができます。これにはほんとうに助かっていて、この助けがない状態がイメージできないくらいです。
また、新潟オフィス勤務からリモートワークや長岡オフィス勤務に変わったので、通勤時間が大幅に短くなって時間にゆとりが生まれましたね。
今までは新幹線の移動時間やその待ち時間があったのですが、今はそこを家族の時間にできています。
ただ、新潟オフィスにはやっぱり人も多く、よりコミュニケーションが取れます。なので、週に一回程度はそちらに通っています。
それから、新潟はランチの選択肢も豊富ですしね。これはけっこう大きいかなと(笑) 徒歩でさくっと行ける距離に良い選択肢がたくさんあって、幸せです。
櫻井:
なるほどなるほど。
小林さんはいかがですか?
小林:
ほとんど田口さんが言ってくださった通りですね。子どもがいるのも一緒で、自分も実家のある長岡で過ごせて助かっています。
他を挙げるなら……、長岡オフィスが出来たおかげで、勤務スタイルの選択肢が増えたのは嬉しいです。
新幹線に乗って新潟オフィスに行くか、自宅でリモートかという両極端な選択肢の中に、ちょうどいい長岡オフィスが出来たのは大きいかなと。
フラーはリモート環境も整っているので、フルリモート勤務でも不便は感じていないんですが、子どものいる家を離れてちょっと静かに作業したいときもあります。そんなとき、新潟まで行かずとも、長岡でオフィス作業ができるのはありがたいです。
それに、やっぱりフルリモートは体力が落ちるので……(笑)
田口:
あと、リモートだとどうしても細かいニュアンスを伝えにくいので、そういうときは対面の方が望ましいですね。
課題と展望
——現状の長岡サテライトオフィスについて、課題に感じていることはありますか?
小林:
まず、このサテライトオフィスが入っている建物が、市営のものである関係上、七時で閉まってしまうところですね。
あと、単純にもう少し広さはほしいかな。
田口:
そうですね。広さと、それからクローズドな場所は欲しいと思っています。他の人に会話を聞かれない空間。
今の状態だと、案件に関することなど、他の人に聞かれたくない話はこのオフィスではできないので。
——最後に、オフィス環境について今後の展望を教えてください。
櫻井:
長岡はサテライトオフィスという位置づけなこともあり、最初からなんでもかんでも揃えるわけにはいきませんでした。
ですが、やっぱり実際に使ってくれている人たちの意見が全てなので、どんどん意見を吸い上げて、変えられるところは変えていきたいなと思います。
たとえば、新潟本社にしたって、最初は新潟拠点としてスタートして、そこからどんどん成長してきました。同じようにこの長岡サテライトオフィスも、みんなで一緒に、楽しみつつ成長させていければなと思います。
今、コロナ禍があり、世の中に「家でも働ける」「オフィスってなんのためにあるんだっけ?」という流れが現れつつあります。それこそ、オフィスを引き払った会社もある。
でも、僕は間違いなくオフィスは必要だと思っています。生身であって話し合うこと、お互いに接点を持つこと。それがやっぱり大事だと思うので。
また、『住む場所』って人生においてもとても大きな要素なので、好きなところ、愛しているところに住んで欲しいという思いもあります。
なので、サテライトオフィスをもし他に増やすとしたら、メンバーや会社にとって思い入れのある場所にします。「ここにいたい」以外のなんでもない、すごくシンプルな気持ちこそが、そのオフィスがうまくいくために一番必要なものですから。
フラーでは、新メンバーを随時お迎え中。ご興味お持ちいただけましたら、こちら↓の採用ピッチ資料もぜひご覧ください。
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(取材・坂詰、文章・平山)